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  「そうだったのか中国」(3) 投稿者:平野 大太郎 2008-01-26
「そうだったのか中国」(3) 第5章「文化大革命」 このことは当時中国の大事件として報じられた。知識人が下放されたこと、文化財の仏像が破壊されたこと、論語が無視されたことなどの消息を順次知っただけだった。この本は文化革命の全貌を教えてくれる。記述に従って摘記する。1959年毛は国家主席の地位をリュウショウキに譲る。共産党主席の立場はそのままである。立場派弱くなり自己批判を重ねる。有名な「毛語録」はこのころの出版である。毛への個人崇拝を狙う。毛は偉大な指導者、偉大な将軍、統率者、舵取りとされた。知識人追放が始まる。毛の継続革命論は共産主義の理論を離れる。北京大學の壁新聞登場。毛の自己宣伝である。街頭にも現れ、大規模となる。紅衛兵出現。是も毛の創意である。青少年が動員された。司令部(共産党幹部か)を攻撃せよと指令が降る。毛は紅衛兵を閲兵する。造反有理のスローガンで 跳梁する。国民は賛否両論に割れる。警察も殺人容認の極端に堕する。武闘による死者増加。魂に触れる革命と言うが何かおかしい。人民解放軍も出動する。魂にふれる革命といわれたが色あせる。紅衛兵の任務が終わり地方に追放される。毛は中央の共産組織に代わる組織を造り人民解放軍が文化革命推進の機関となる。毛の妻江青他4人組を重用する。林彪は国家主席を目指しクーデターを計画するが失敗する。毛は威信失墜する。周恩来台頭するが死亡。民衆は周を悼む。毛も死亡する。文化革命は終わる。文革時代の人は教育もなく何も語らない。この時代の犠牲は300万人投獄50万人処刑と言われるが正確には不明である。トウショウヘイ復活し、毛の文化革命を総括批判。しかし七分の功績と三分の過失と言う。歴史としてそれで良いのか。疑問は残る。
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