QRコードで携帯サイトに簡単アクセス!
QRコード対応携帯電話で左図のバーコードを読み取って下さい。
アドレス入力不用の簡単アクセス。

携帯にメールを送る
 

 

 

前のメッセージ | 次のメッセージ | 一覧に戻る
  「そうだたのか中国」池上彰(5) 08,02,01 投稿者:平野 大太郎 2008-02-01
「そうだたのか中国」池上彰(5) 08,02,01 第7章国民党は台湾に逃亡 台湾は嘗て日清戦争勝利のさいに中国から割譲された。日本が総督府を置いて統治した。統治は植民地支配としては良好で成功だったのだと思う、治安、教育なども成功していた。当時大型汽船(5000トン)が就航して事業家なども進出し同化政策が進められていた。大正、初期昭和のおもいでである。日本敗戦で中国領に戻る。それからの台湾は記憶に新しい。経済は発展し中国を遙かに抜いて日本からも進出し新たな日台関係が構築された。記憶に新しい所である。唯此の本を読んで戦後の中国、台湾の歴史が鮮明になる。改めてその歴史を知り今後の日中台の関係を考える必要を痛感する。順序を追って此の本の記述を摘記しよう。1946年、蒋介石は未だ中国にいた。中国の初代総督であった。49年毛沢東の中華人民共和国が成立する。結局蒋介石の中国軍は毛沢東の共産軍に破れ、台湾に亡命する。一歩進んでいた台湾は犬(日本の善政)の代わりに豚(粗野な国民軍)が来たと批評されるほど台湾人にとって迷惑な存在となり、騒動(2,28事件)も起こる。蒋介石政権の圧制が広がる。このころ外省人(蒋介石の軍隊)10%後は台湾人であった。日本にはこのころ蒋介石の「徳をもって恨みに報いる」言葉が伝わって蒋介石は好評であった。国連では台湾が除名され中国がメンバーとなる。71年には田中首相の日中友好が始まる。アメリカもニクソン訪中で独立台湾否定。最も台湾海峡はアメリカが守る。蒋介石の息子蒋経国の時代となる。民主化が進み遂に本島人李登輝が総統になる。日本との関係は密接に。今は陳総統で台湾独立派だが軽率には動かない。今は中国が経済発展。日本の外交も微妙である。歴史を直視肝要。
前のメッセージ | 次のメッセージ | 一覧に戻る

OSAKA JAPAN  -  YAO ROTARY CLUB Since 2000

- 第2660地区 - 八尾ロータリクラブ  OSAKA  JAPN YAO ROTARY CLUB

(c) Copyright 2006 YAO ROTARY CLUB.

All rights reserved