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  「そうだったのか中国08,02,03 投稿者:平野 大太郎 2008-02-03
「そうだったのか中国 第8章ソ連との核戦争を覚悟した。毛沢東は始めソ連一辺倒だった。それがフルシチョフがスターリン を批判し遂に訪米して平和共存政策を言うようになり、毛も変わる。長江架橋の最中にソ連は技術者を引き上げた。あたかも中国の核実験は成功した。フルシチョフからプレジネフに代わる。中ソ衝突必至になる。毛は核衝突まで考えたと言うのである。南京に地下セルターまで完成する。やがてニクソン訪中、ゴルバチョフ訪中で中ソ衝突の危機は去る。 第9章日本との国交が正常化される。田中首相訪中、国交回復する。日本は賠償を免除される代わり多大の対中援助をおこなう。飛行場などである。感謝はない。わずかに表示されるだけであった。1972年 アメリカも台湾一辺倒を捨てニクソン大統領が抜き打ち訪中する、キッシンジャーの秘密外交、ピンポン外交が宣伝される。日本抜きの活動であった。ニクソンショックと言われるのは此の訪中とドルの不換紙幣化だった。 アメリカは台湾を守るが、中国とも修好する。大転換であった。国連でも台湾脱退、中国加盟となる。田中訪中で日本も一つの中国(台湾独立否定)の立場となる。今思うと当時この辺の事情はマスコミでは説明されず曖昧なものであった。日本外交、日本政治の曖昧さがよく分かる。今も此の傾向は続いて居るようだ。 台湾が独立戦争をおこすか、中国が侵攻するか、どちらも台湾海峡(日本の生命線)が危ない。アメリカは防衛するか。目下の急務である。誰も言わず考えない。せめて以上の歴史から深奥の考えをまとめるべしと思う。蛇足を加えた。
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