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  「そうだったのか中国」(7) 08,02,05 投稿者:平野 大太郎 2008-02-05
「そうだったのか中国」(7) 08,02,05 第10章トウショウヘイが国家を立て直す。1979毛沢東死去。華国鋒が後継となる。トウショウヘイが台頭する。「実事求是」「百花斉放、百家争鳴」「北京の春」「壁新聞」当時耳にした言葉である。充分には理解しがたい。結論として社会主義堅持、プロタリア独裁、共産党支配堅持、マルクスレーニン主義毛思想堅持となりながらトウショウヘイは権力を確立する。トウは日本、つずいてアメリカ を訪問、新幹線や優れた工場を見学し中国との隔たりを自覚する。貧しいのが社会主義ではない。大平首相の質問に未来の発展をこたえる。本当の豊かさを模索する。人民公社解体、万元戸、郷鎮企業、経済特区など当時できた言葉である。トウは南方を歴訪して所謂る南巡講話を放ち経済の開放を説く。社会主義に無縁の筈の市場経済を導入する。かくてトウの改革は実現発展する。ただしやがて格差が露呈してくる。トウの偉業は終わり次の時代に移る。 第11章1人っ子政策に踏み切る この政策は1976年に始まり定着した。結果は大切に育てられて、肥満や高血圧が多い。将来の軍隊が心配される。実施前にマルサス理論や共産党の反対もあった。マルクスは数は力なりと主張した。論争の結果76年から実施された。国家が介入し夫婦生活も干渉された。男児出生にこだわり、将来の結婚難を起こした。教育熱も盛んとなる。それでも人口抑制を優先した。今2010年に13億6000万、20年に14億5000万が目標とされる。年金制度は都市も農村も破滅寸前となっている。少子高齢化はいよいよ進む。
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